商品の訴求方法は、表現面に関しては一般的に、1.商品を離れ、イメージや表現を重視して、主として購買者の感性に訴求しようとする情緒的な感性的訴求と、2.商品に即し、製品自体の特性やベネフィトを中心にして訴求しようとするハードな合理的訴求に分けられます。
80年代は、商品はその特性によって差別化できなくなったという理由で、もっぱら前者の感性的訴求方法がもてはやされたのですが、90年代に入ると逆に後者のハードなタイプの訴求が目立つようになりました。
このような総体的な変動を明確に掴むために、ここでは訴求概念を、広告表現についてのみでなく、ネーミングやパッケージ・デザインにまで広げておきたいと思います。つまり訴求の問題を、広告をその中に含むところのマーケティング・コミュニケーションの問題として捉えてみようということです。
ネーミングやパッケージ・デザインは、消費者に対するアプローチ全体の中でその中心をなすものとして重視されてきたのですが、製品のヒットにおいてそれがさらに決定的ともいえる役割を果たすようになってきたこと自体、現在の訴求方法が「製品より」になってきた全体的な傾向を示すものだといえます。
洋酒のジャンルでは、このような訴求のハード化の傾向が顕著であり、例としてほかにも、「一番搾り」と同様のコンセプトでそれに続いた「吟仕込み」(サッポロビール)、「ビア吟生=殻破り」(サントリー)があり、また広告では、「100:67」という原料の割合に関する製品スペックそのものをヘッドにした「モルツ」(サントリー)の広告などがあります。
それは、あたかもおもしろ容器の流行したときのような一過性の観すらあるのですが、たとえば「一番搾り」に先行し、それがヒットするまでビール市場を圧倒し続けていた「スーパードライ」(アサヒビール)の広告を想起すると、そこには、訴求のハード化という一貫した流れがあることが明瞭になります。
すなわちその広告表現における無駄を排除したレイアウトの直裁さや、コピーの理屈っぽさといったハードタイプの訴求は、企業イメージ広告や有名タレントの起用を中心としたそれまでのビール広告に比べると、すでにかなり異質なものだったのであり、したがってそのような「スーパードライ」の訴求の仕方は、すでにその時点で、「一番搾り」のネーミングや「モルツ」の広告におけるような超ハードタイプの訴求の登場を充分予感させるものだったといえます。
そしてさらにこのような傾向を遡っていくと、ビールではないもの、同じ洋酒というジャンルの中でそのような流れのそもそもの発端となった製品と思われるものとして、85年に発売されたニッカの「PURE MALT」に行き当たります。
周知のように、ニッカの「PURE MALT」は、競合会社であるサントリーのウイスキー製品に含まれるモルトの量に疑問がもたれ、さまざまな方面から批判を浴びていた最中に、そのサントリーに追い打ちをかけるようにして出された製品です。そしてその露骨でしかも徹底してハードなネーミングとパッケージ・デザイン、そして広告の前に、当時イメージ広告の雄であったサントリーは厳しい戦いを余儀なくされました。
山田理英氏(広告戦略家、Y&K アソシエイツ代表取締役)は、この当時のサントリーのおかれた状況に関して、『弱者と強者の新CI戦略』(86年11月誠文堂新光社)の中で、日経流通の調査を取り上げ、サントリーは売上げ不振に陥る前からその訴求が口コミの面で弱くなっていたこと、またサントリーを批判した一連の書物の出版を境にしてサントリーの企業イメージが下がったことを指摘し、その不振の主な要因として、これらの本を発信源としてサントリーの否定的なイメージが口コミによって広がったことを挙げています。
当時サントリーも黙って傍観していたわけではなく、得意の広告による反撃を試みていたわけですから、このことはしたがって消費者がこの時点でマス媒体を使った企業の宣伝に一方的に躍らされなくなっていたこと、しかも「書物」→「口コミ」という消費者自身の主体的なコミュニケーションをもとにして商品選択を行ったことを意味しています。
言い換えれば、消費者の理性化に対して、それへの適切な対応を怠るならば、販売が促進されないどころかその企業にとって極めて危険な事態を招いてしまいかねないということにほかなりません。反対に、上記のニッカのハードな訴求は、この消費者の理性化を背景としてその流れに乗ったものであったからこそ成功したといえるわけです。また先の「一番搾り」のヒットに関しても、製造法を訴求するというその最も製品よりなネーミングが消費者に受け入れられた背景には、この消費者の理性化があったことは明らかです。いま述べてきたことは洋酒についてですが、このことはしかし洋酒市場にのみ当てはまることではありません。
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